基層からマクロへ向かう、本来の生成順序
世界は、基層にある微細な差異から生成されている。
物質的な配列、生命の反応、身体感覚、個々の経験、環境との相互作用。そうした基層の事実を人間が知覚し、感覚し、認知することで、対象や意味が形成される。さらに、その認識が他者と共有されることで共有認識が生まれ、規則、貨幣、所有、序列、法律、制度などの社会構造が形成されていく。
本来の生成順序は、基層から認知へ、認知から共有認識へ、共有認識から制度へと進む。
これは、微細な事実から大きな社会構造が形成される、ミクロからマクロへ向かう生成である。
マクロからミクロへ返る、本来の反転
しかし、生成は一方向ではない。
ミクロから形成された制度や共有認識は、再び個人の認知、感情、行動、身体、生活条件へ作用する。部分から全体が形成され、形成された全体が再び部分へ作用することで、次の状態が生まれる。
したがって、マクロからミクロへ作用が返ること自体は、生成構造における本来の反転である。
本来の反転では、マクロな社会構造がミクロな事実との対応関係を保持している。制度は現実に存在する人間や生命の状態を受け取り、変化した事実に応じて更新される。形成された全体が部分へ作用し、変化した部分から、次の全体が生成される。
生成されたマクロが、基層の位置を代理する
ところが、人間が形成した共有認識や制度が社会の中で強い実効性を持つようになると、それらが自らを生み出した基層との対応関係を離れ、あたかも世界の最初から存在する基盤であるかのように扱われることがある。
貨幣、所有、序列、肩書、数値、規則、法律、制度上の分類は、本来、基層の事実を人間が認知し、意味づけ、共有することによって形成されたマクロな構成物である。
しかし、それらが基層との対応関係を失ったまま固定されると、人間がつくった明確な座標のほうが、実際に存在している事実よりも確かなものとして扱われ始める。
制度が事実から生成されるのではなく、制度によって事実の意味が決められる。数値が実体を表すのではなく、数値によって実体の価値が決められる。肩書がその人の実際の働きから立ち上がるのではなく、肩書によって、その人の言葉や存在の価値が先に決められる。
このとき、生成されたマクロ構造が基層の位置を代理している。
本研究では、この状態を「代理基層化」と呼ぶ。
基盤化の反転
代理基層化が起こると、本来は基層から生成されるはずの人間の認知が、制度や共有認識によって先に規定されるようになる。
人は、目の前にある事実をそのまま知覚し、そこから認識を形成するのではなく、すでに存在している制度、分類、価値、序列、物語に合わせて事実を解釈する。
本来は、事実から認識が生まれ、認識から制度が形成される。
しかし代理基層化した世界では、制度が認識を規定し、その認識によって事実が選別され、選別された事実が再び制度の正しさを補強する。
ここで、生成の順序が反転する。
これが「基盤化の反転」である。
基盤化の反転とは、人間が基層から生成したマクロな構成物を、再び世界の基盤として置き直すことである。
ミクロとマクロの対応関係を失った、ズレた反転
ただし、これは本来のミクロとマクロの反転とは異なる。
正常な反転では、マクロがミクロへ作用を返す。マクロから返ってきた作用によってミクロが変化し、その変化したミクロから次のマクロが形成される。基層、認知、共有認識、制度のあいだには、連続した対応関係が保たれている。
これに対して、代理基層による反転では、マクロがミクロへ作用を返すのではなく、マクロがミクロの位置そのものを代理する。
制度や共有認識が基層の事実を受け取るのではなく、基層の事実を上書きする。マクロとミクロのあいだを循環しているように見えても、その循環は本来の基層を通っていない。
これは、ミクロとマクロの対応関係を失った、ズレた反転である。
生成軸がズレたまま反転すると、制度、認知、共有認識の内部で閉じた循環が形成される。制度が認知を規定し、その認知が制度に合う事実だけを取り出し、制度をさらに補強する。
この循環の中では、制度に合わない事実は例外として処理され、数値化できないものは存在しないものとして扱われ、現在の実体よりも既存の分類や評価が優先される。
代理基層は、現実を生成する力を持つ
代理基層は、単なる虚構ではない。
貨幣、法律、所有、肩書、序列、制度は、人間が形成した構成物でありながら、社会の中で人の生活や行動を変え、資源を移動させ、身体や生命の状態にまで作用する。
そのため代理基層は、基層そのものではないにもかかわらず、基層のように現実を生成する力を持つ。
問題は、制度や共有認識が人工的に形成されたことではない。人間が共同で生きるためには、意味、規則、貨幣、分類、制度などの構成層が必要である。
問題は、それらが自らの由来を失い、基層との対応関係を離れ、変更不能な事実として扱われることである。
個人の内部では、自己像が代理基層になる
代理基層化は、社会制度だけに起こるものではない。
個人の内部では、自己像が代理基層として働くことがある。
本来、自己像は、身体感覚、感情、経験、他者との関係、実際の行動などから形成される。しかし、一度形成された自己像が基盤化すると、現在の感情や経験が自己像を更新するのではなく、自己像に合うように感情や経験が解釈される。
実体から自己像が形成されるのではなく、自己像に実体を合わせようとする反転が起こる。
このとき自己像は、個人内部に形成された代理基層となる。
基層との対応関係を、もう一度開く
代理基層化された構造を再配置するために必要なのは、制度、共有認識、貨幣、分類、自己像を否定することではない。
それらと本来の基層との対応関係を、もう一度開くことである。
制度は、現在の現実と対応しているか。数値は、対象の実体を捉えているか。共有認識は、現場で起きていることを保持しているか。自己像は、現在の身体、感情、経験、行動と接続しているか。
基層と代理基層を照合すると、そのあいだに生じているズレが可視化される。
ズレが可視化されることで、固定されていた認識や制度を、現在の事実構造に対応する位置へ再配置できる。