PAINTING GENERATIVE THEORY · FOUNDATIONAL PAPER

「生成を描く」のではなく、
「生成によって描く」

― 絵画における生成構造と基層配列動態認知 ―

Minami FukasakaAI–HUMAN Joint Research Lab

ABSTRACT

要旨

本稿は、絵画における「生命」および「生成」を、描かれたモチーフや象徴的意味からではなく、作品を構成する諸要素の関係、その形成過程、および部分と全体の相互作用から捉えるための理論的枠組みを提示するものである。絵画を構成する点、線、色、模様、形態等は、それぞれが独立して作品を成立させるものではない。微細な単位の集積から模様や形態が形成され、複数の形態が位置、距離、重なり、反復、差異等を通して関係することによって画面全体が成立する。他方、一度形成された全体は、再び個々の部分の作用や意味を変化させる。したがって、絵画の形成は、ミクロからマクロへの一方向的な構築ではなく、部分と全体が相互に作用する循環的過程として捉えることができる。本稿では、この構造を「点 ⇄ 集積 ⇄ 模様 ⇄ 形 ⇄ 関係 ⇄ 全体」として記述する。

さらに、筆者が長年制作してきた複数の作品を分析すると、制作年代、モチーフ、色彩、表現形式が異なるにもかかわらず、微細な単位の集積、反復と差異、階層性、部分と全体の往復、時間、循環といった構造が反復して現れている。これらは、筆者が「基層配列動態認知」と呼ぶ認知のあり方とも連続している。本稿では、生命的な対象を描写することと、作品そのものが生命的な生成構造を持つことを区別し、「生成を描く」のではなく「生成によって描く」という芸術論を提示する。

キーワード:生成、絵画、基層配列動態認知、ミクロとマクロ、部分と全体、循環、生命、芸術

1絵画における生成構造

絵画には、点、線、色、模様、形、余白、重なり等の多数の構成要素が存在する。これらは単独で作品を形成するものではなく、互いに関係しながら、より大きな構造を形成する。たとえば、小さな点や色の集積から模様が生じ、模様の組み合わせによって形が形成される。さらに複数の形は、位置、距離、重なり、反復、差異等によって互いに関係し、画面全体の構造を成立させる。

点 → 集積 → 模様 → 形 → 関係 → 全体

これは、微細な単位からより大きな構造へと向かう、ミクロからマクロへの生成である。しかし、作品形成はこの一方向のみで進行するわけではない。一度形成された画面全体は、逆に個々の部分の作用を規定し直す。同一の色であっても、周囲に配置される色によって知覚上の作用は変化し、同一の形であっても、その位置、隣接関係、重なり方、画面全体に占める割合等によって、作品内部で果たす役割は異なる。

全体 → 関係 → 形 → 模様 → 集積 → 点

以上から、絵画内部の生成は「ミクロ → マクロ」という一方向的な構築ではなく、「ミクロ → マクロ → ミクロ → マクロ……」という連続的な往復として捉えることができる。

点 ⇄ 集積 ⇄ 模様 ⇄ 形 ⇄ 関係 ⇄ 全体

すなわち、部分が全体を形成すると同時に、形成された全体が再び部分へ作用し、その変化した部分から次の全体が生成されるという循環が、作品内部に成立している。

2生成と時間

生成には時間が含まれる。一点が画面上に置かれた時点で、画面はそれ以前とは異なる状態へ移行する。そこへ新たな色が加われば、先に置かれた点の作用も変化し、さらに形が生じれば周囲との関係が変化する。そして、その変化した状態が次の制作行為を生み出す条件となる。したがって制作過程は、あらかじめ定められた完成像へ向かって各要素を配置する単純な手順としてではなく、一つの状態が次の状態の生成条件となる連続的過程として捉える必要がある。

この意味において、完成作品には最終的な像だけが存在しているのではない。そこには、制作の過程で生じた選択、接触、重なり、反復、分離、変更等の履歴が蓄積されている。絵画における時間とは、単なる制作時間の長さではなく、先行する状態が後続する状態へ作用し、その作用が次の生成条件として引き継がれていった履歴である。この「生成の履歴」が作品構造の内部に残存することによって、完成後の画面にも時間的な厚みが生じる。

3自然における生成と絵画

自然においても、異なる階層の要素は相互に作用している。一枚の葉を例に取れば、その内部には葉脈、細胞、分子等の異なる階層が存在し、その葉は一本の木を構成する。さらに木は、土、水、光、空気、微生物、動物、気候、季節等の環境との関係の中に存在している。

分子 → 細胞 → 葉 → 木 → 環境

しかし、この関係も一方向ではない。環境の変化は木の生育状態へ作用し、木の状態は葉へ、葉の状態は細胞レベルの活動へ影響する。また、植物自身の生命活動も周囲の環境を変化させる。生命は、こうした異なる階層の相互作用によって維持されている。

自然の美しさは、完成された外形のみに由来するものではない。微細な単位から大きな環境まで、異なる階層が関係し、変化し、循環しながら全体を形成し続ける構造そのものにも存在する。本稿が絵画において問題とする「生成」は、このような自然にみられる階層性、相互作用、変化、循環と対応する構造として位置づけられる。

ここから、生命的な対象を描くことと、作品そのものが生命的な構造を持つことを区別する必要が生じる。生命を描けば生命のある絵になるとは限らず、宇宙を描けば宇宙的な作品になるとも限らない。龍、曼荼羅、光、植物、波、宇宙等、生命性や精神性を想起させるモチーフや象徴的形態を描写することと、作品内部に生成構造が成立していることは、異なる次元の問題である。重要なのは、描かれた対象そのものだけではなく、その対象を構成する諸要素がどのように関係し、異なる階層の間で相互作用し、時間的変化を含みながら一つの全体を形成しているかという点にある。

4作品に現れる生成構造

4.1 複数階層の共存

点と色、有機的な形が多層に重なる抽象作品
図1有機的抽象作品

図1の作品には、点、色の集積、円、渦、有機的形態、植物を想起させる形等が複数の縮尺で重なっている。画面を遠距離から捉えた場合には、大きな形態相互の関係によって全体構造が知覚される。他方、細部へ視点を移動すると、一つの形態の内部にも多数の点、小さな色面、反復、密度差等が存在する。

したがって、この作品には「微細な単位 → 集積 → 模様 → 形 → 複数の形の関係 → 全体」という複数の階層が、一枚の画面内に同時に保持されている。さらに、一部分を切り取った場合にも、その内部に別の小規模な構造が存在する。すなわち、視点をミクロへ移動しても構造が消失せず、マクロへ移動しても別の構造が成立する。ここでは、ミクロとマクロの双方に構造的世界が成立し、両者が連続している。

4.2 反復、同一性、差異

異なる色と模様の蝶を反復配置した作品
図2蝶を反復配置した作品

図2では、「蝶」という共通形態が反復されている。しかし、各個体の翅の形、色、模様、背景色、点の密度、組み合わせは同一ではない。作品には「点 → 模様 → 翅 → 蝶 → 区画 → 作品全体」という階層が存在すると同時に、共通する形態の内部から個別の差異が生成されている。

この構造は、単純な複製とは異なる。同一性が保持されながら差異が形成され、それぞれが固有の個として成立する。自然界においても、同一種に属する個体が完全な同一物として現れることはなく、共通する構造と個体差が同時に存在する。図2では、反復と差異、同一性と個体化が、一つの画面構造の内部に共存している。

4.3 個体と関係場

昆虫、鳥、花、動物を円環状に配置した作品
図3昆虫・鳥・花等が円環状に配置された作品

図3には、昆虫、蝶、鳥、花、動物等の複数の具象的形態が存在する。しかし、その生成構造を考える際に重要なのは、生命を表すモチーフが描かれているという事実だけではない。各個体は一定の区画の内部に配置され、複数の区画がさらに大きな半円状あるいは円環状の構造を形成している。ここには「個体 → 区画 → 集合 → 円環 → 全体」という階層的構造が認められる。

各個体はそれぞれ異なる形態を持ちながら、一つの全体構造へ統合されている。すなわち、個と集合、中心と周縁、差異と統合が同時に存在する。この作品の生命性は、生命体が描かれているというモチーフ上の性質のみにあるのではなく、複数の個が相互に関係する「場」として作品全体が構成されている点にある。

4.4 基層配列の前景化

赤い線、点、円、格子が画面全体に展開する作品
図4赤色を基調とした線画作品

図4では、明確な具象形態よりも、線、点、円、格子、反復、密度差、方向、交差等の基礎的構成要素が前景化している。円形構造の内部にはさらに細かな線が配置され、格子の内部には小規模な格子が形成され、点の集積は局所的な面を構成する。画面全体は単一の中心によって統合されるのではなく、複数の局所構造が相互に接続することによって成立している。

この作品では、完成された名称やモチーフへ統合される以前の、差異、配置、距離、反復、接続、分離、方向、密度等の関係そのものが視覚的構造として現れている。この点において、後述する「基層配列動態認知」と作品構造との連続性が、より直接的に観察できる。

4.5 生命と環境の連続性

赤い樹木と周囲の色や点が連続する作品
図5樹木を中心とした作品

図5では、中央に樹木という明確な具象が存在する。しかし、樹木は背景から分離した孤立的対象として配置されているわけではない。枝は複数方向へ分岐し、その周囲には点、線、色の流れ、異なる密度を持つ領域が展開している。さらに、木と背景の双方に微細な単位の反復が存在し、両者の境界は構造的に連続している。

したがって、この作品を「木という生命体」と「その周囲の環境」という二つの独立した対象に分離して理解するよりも、生命と環境が相互に作用する一つの生成場として捉えることができる。ここでも作品の生命性は、木という生命的モチーフそのものではなく、個体と周囲の場が関係しながら一つの世界を形成している構造に認められる。

5作品形式を超えて持続する生成原理

以上の作品は、外見上大きく異なっている。抽象的な作品、蝶や昆虫を反復する作品、樹木を中心とする作品等があり、色彩、構図、モチーフ、線の使用方法も一定ではない。しかし、これらを生成という観点から比較すると、微細な単位の集積、反復と差異、階層性、部分と全体、中心と周縁、ミクロとマクロ、関係、時間、循環という共通構造が反復して現れる。

したがって、作品群を統合しているものは、表面的な「絵柄」や特定のモチーフだけではない。作品を成立させている生成原理そのものに連続性が存在すると考えられる。このことは、制作年代や形式の差異を超えて同様の構造が現れているという点からも確認できる。

6基層配列動態認知と制作構造

筆者は、世界を完成された名称や対象のみとして捉えるのではなく、その内部に存在する差異、配置、距離、接触、結合、分離、反復、流れ、変化等を同時に捉える認知的傾向を持つ。筆者は現在、この認知のあり方を「基層配列動態認知」と呼んでいる。これは既存の医学的・心理学的診断概念を指すものではなく、筆者自身の知覚・認知特性を記述するために設定した研究上の概念である。

ここで重要なのは、この認知構造を意識的な制作技法として作品へ適用しているのではないという点である。制作時に、ミクロとマクロの往復、循環、階層構造、生成過程等を意図的に設計しているわけではない。それにもかかわらず、長年制作してきた作品群を現在の研究概念から再検討すると、制作年代やモチーフの差異を超えて同様の構造が反復して現れている。

認知構造 → 制作過程 → 作品構造

すなわち、基層配列動態認知として捉えられる認知上の特徴が制作過程へ反映され、その制作過程によって形成された作品の内部にも、同様の関係構造が残される。「生成」は、完成後の作品へ解釈として付与された主題というよりも、制作そのものを成立させる原理として作品内部に現れていると考えられる。

7生成芸術という分析軸

以上の考察を一般化するならば、芸術作品を生成原理から分析するための別の軸を設定することが可能である。すなわち、作品内部にミクロとマクロの往復が存在するか、部分と全体が相互に作用しているか、先行する状態が後続する状態の生成条件となる時間性が存在するか、反復の内部に差異が生成されているか、異なる階層が接続されているか、一つの形態の作用が他の形態や全体との関係によって変化しているか、といった観点である。

この視点を導入することで、芸術をモチーフ、様式、技法、時代、作家の意図等からのみ分析するのではなく、「作品内部において、何がどのように次の状態を生成しているのか」という構造的観点から読むことが可能になる。この枠組みからは、たとえば過程型生成、反復・増殖型生成、階層型生成、循環型生成、変態型生成、関係型生成、多層型生成等の類型を設定することも考えられる。

これらの類型は、作品を優劣によって序列化することを目的とするものではない。作品内部における生成の形式を分析し、異なる芸術作品がどのような生成原理によって成立しているかを比較可能にするための理論的枠組みである。したがって、本稿で提示する「生成芸術」という視点は、一つの様式名を新たに設定するというよりも、芸術作品を読むための分析軸として位置づけられる。

8「生成によって描く」

以上の考察から、絵画における生命性を、生命的モチーフの描写だけに還元することはできない。作品内部に微細な単位、集積、形、関係、全体、時間、変化、循環が成立し、それらが相互に作用するとき、作品は静止した完成像でありながら、その内部に生成の履歴と関係構造を保持する。

制作そのものが生成として進行し、ある状態が次の状態を生み、その過程で形成された時間、関係、差異、循環が作品構造として残る。この意味において、「生成を描くこと」と「生成によって描くこと」は区別される。前者が生成という主題や象徴を表現対象とすることを指すのに対し、後者は、作品の成立過程そのものが生成として進行し、その構造が完成後の作品にも保持されることを指す。

自然が、部分と全体、個と環境、ミクロとマクロ、時間と変化を相互に作用させながら生命を生成し続けるように、絵画もまた、異なる要素間の関係によって一つの世界を生成し得る。本稿では、このような作品の成立原理を「生成によって描く」と表現する。

生成の構造を持つ芸術には、
生命が宿る。