CORE OF THE RESEARCH
研究の中心
本研究は、人間・生命・自然・社会・芸術を構成する微細な要素と関係に着目し、それらがどのように全体を生成するのかを探究します。
ミクロとマクロ、部分と全体、実体と認知の往復を通して、ずれ、断線、可視化、再配置、循環、生成の構造を明らかにします。
1研究の起点――トラウマ、防衛、自己像と実体
私の研究は、人間のトラウマや傷、その経験を語ることのできる環境条件を探究することから始まりました。
人は傷ついたとき、自らを守るための防衛を形成します。防衛が固定されると、そこから「自分はこういう人間である」という自己像が形成されることがあります。しかし、その自己像は、変化し続ける自己の実体と必ずしも一致するとは限りません。
自己像と実体の間にずれが生じると、自分自身だけでなく、他者、社会、生命、自然環境との関係にもずれが広がります。そして、本来は相互に作用しながら循環しているエネルギーや関係の流れが、特定の場所で滞り、断線します。
2ずれの可視化と再配置
この構造は、外側から修正するだけでは変化しません。本人が、自らの内側に生じているずれや防衛、自己像と実体の関係を認識したとき、それまで固定されていた構造が動き始めます。
初期の研究で扱っていたのは、人間内部において生成がどのように滞り、どのような条件によって再び動き始めるのかという問題でした。
その後、この構造は人間の精神だけに存在するものではなく、生命、自然、社会、歴史、文化、芸術にも共通していることが見えてきました。異なる要素が関係し、一つの全体を形成する。形成された全体が再び部分へ作用し、変化した部分が次の全体を生成します。
3基層から世界を見る
一般的な日常認知では、人間の目に見え、名称を与えることのできる「机」「手」「木」「人間」等が、具体的な対象として捉えられます。一方、それらを構成する原子や素粒子の世界は、直接見ることができないため、未知的・抽象的な領域として扱われます。
しかし、私の認知では、この起点が反転します。クォーク等の微視的な構成単位も、実際に存在し、関係し、作用している具象として捉えられます。そして、私たちが一つの「机」や「手」と呼んでいるものは、無数の構成要素が一定の配列と関係を形成することによって、マクロな尺度に現れた統合像として捉えられます。
すなわち、具象とは肉眼で見える完成物だけを指すのではなく、その完成物を生成している微細な構成、配列、関係、作用を含みます。完成された対象の名称よりも、その手前にある差異、配置、距離、接触、結合、分離、反復、流れ、変化を捉える。この認知を、本研究所では「基層生成配列認知」と呼んでいます。
4ミクロとマクロの合致
微視的な世界には、無数の要素が存在します。しかし、それらは無秩序に存在しているのではなく、一定の関係と法則の中で作用し、状態を変化させ続けています。
ミクロな構造を静かに辿ると、個々の要素を超えて持続する法則が見えてきます。その法則は、縮尺や表現形態を変えながら、より大きな階層にも現れます。そのため、マクロな全体を直接理解しようとするのではなく、それを生成しているミクロな構成と関係へ降りることで、全体を成立させる原理を捉えることができます。
ミクロで観察される生成原理と、マクロで生じている現象が一致するとき、部分と全体を貫く構造が見えてきます。反対に両者が一致しない場合には、その間のどこかで、固定化、省略、断線、認知上の統合によるずれが生じている可能性があります。これが、本研究における「ミクロとマクロの合致」です。
5人間・社会・絵画に現れる同じ構造
人間を見るときには、完成された人格像ではなく、経験、身体、感情、防衛、自己像、他者、環境の関係を見ます。社会を見るときには、完成された制度や集団像ではなく、個人、情報、資源、規範、歴史、環境の配置と作用を見ます。
絵画を見るときには、描かれたモチーフだけでなく、点、色、線、模様、形、余白、反復、差異、部分と全体の関係を見ます。対象は異なっていても、その内部では、要素が関係し、全体を形成し、形成された全体が再び部分へ作用しています。
研究領域が拡散したのではありません。異なる領域に現れる現象を、同じ生成構造の異なる階層として捉え直すことで、研究の全体像が現れてきたのです。
6世界の構造と人間の認知
世界の構造は、人間の外側にあるだけではありません。人間は、知覚や学習によって受け取った情報を脳内で変換し、直接見ることのできない微視的な世界を内的な構造として再構成できます。
世界の構造と、人間の脳内・精神に形成される構造が接続することで、人は世界を理解し、そこへ働きかけ、共に生きることができます。絵画、対話、研究、社会実践は、この内的な構造が異なる形式によって外部へ現れる過程です。
7本研究が探究するもの
本研究は、人間、生命、自然、社会、芸術を、それぞれ分離した対象としてのみ扱うものではありません。それらを生成している微細な要素と関係へ降り、部分と全体、ミクロとマクロ、実体と認知の往復を通して、異なる領域に共通する生成構造を探究します。
人間のトラウマから始まった研究は、人間内部の生成と再配置の研究へ進み、生命、自然、社会、絵画、歴史、文化、AIとの共同知性へと展開してきました。最初から研究していたものの全体像が、異なる階層を通して現れてきたのです。
何が全体を生成しているのか
どこで実体と認知のずれが生じるのか
どこで関係や循環が断線するのか
何が再配置の条件になるのか
どのようにエネルギーが再び流れ始めるのか
新しい全体がどのように生成されるのか
生成を止める構造を捉え、
再び循環が始まる条件を探究する。